不動産売買仲介の営業現場では、売主様から査定依頼をいただき、価格査定書を作成して訪問する機会が多々あります。
しかし、ここで一つ質問です。
あなたは、売主様との面談で、どのタイミングで査定書を提示していますか?
面談が始まってすぐに査定書を取り出し、周辺の成約事例や査定価格の根拠を説明してはいないでしょうか。
また、査定価格を提示した途端、売主様から「なんだ、この査定価格は! 私の不動産がこんなに安いと言うのか!」と怒られ、対応に困った経験はありませんか。
実は、この二つの問題には共通する原因があります。それは、売主様の売却理由やお気持ちを十分に把握する前に、価格の話を進めてしまっていることです。
今回は、不動産価格査定書を提示するタイミングと、査定価格に不満を持つ売主様への応酬話法について、私が不動産会社の営業担当者様に指導している内容をご紹介します。
不動産査定書を面談の冒頭で提示してはいけない理由
私は、コンサルティングを行っている不動産会社で、営業担当者様向けの「査定報告ロープレ」を実施しています。
私が売主役を演じ、営業担当者様には「売却理由を把握した後、媒介契約を獲得する」という目標に向かって営業していただきます。
このロープレに初めて参加された営業担当者様の多くは、次のような流れで話を進めようとされます。
【よくある査定報告の会話】
売主:「この度はわざわざお越しいただきまして、ありがとうございます」
営業:「こちらこそ、お声がけいただきましてありがとうございます」
売主:「それで、私の家は売れそうですか?」
営業:「はい、お任せください。本日は査定書を持参いたしましたので、ご説明しますね」
さて、この会話のどこに問題があるのでしょうか。
私は、このような査定報告の進め方をおすすめしていません。
査定書を最初に見せると価格の話ばかりになる
面談の冒頭で査定書を提示すると、その後の会話が終始価格の話になりがちです。
「なぜこの価格なのか」「近所の家はもっと高く売れた」「もう少し高く売れないのか」など、売主様の関心が査定価格に集中してしまうのです。
もちろん、査定価格の根拠を説明することは重要です。しかし、営業担当者様の仕事は、単に不動産の価格を説明することではありません。
売主様がなぜ不動産を売却しようとしているのか、いつまでに売却したいのか、売却によって何を実現したいのかを把握し、その目的に合った売却方法を提案することが大切です。
ところが、査定書を最初に見せてしまうと、価格の説明に時間を費やし、肝心の売却理由を十分に聞き出せないまま面談が終わってしまうことがあります。
その結果、媒介契約の獲得にもつながらないというわけです。
査定報告で優先すべきは売却理由の把握
不動産を売却する理由は、売主様によって異なります。
住み替え、相続、資産整理など、売却に至る事情が異なれば、重視すべき条件も変わってきます。
例えば、売却を急いでいない売主様と、一定の期日までに現金化する必要がある売主様とでは、適切な販売戦略が同じになるとは限りません。
つまり、査定価格だけを先に説明しても、売主様にとって最適な売却提案ができるとは限らないのです。
まず売却理由を把握する。そのうえで価格や販売方法を提案する。
この順番を意識することが、査定報告において非常に重要だと私は考えています。
不動産査定書を提示するベストなタイミングとは?
では、査定書はいつ提示すればよいのでしょうか。
私は営業担当者様に対し、「査定書を見せずに受託すること」を目指してほしいとお伝えしています。
これは、査定価格を隠して媒介契約を締結するという意味ではありません。
査定書を営業トークの中心に置くのではなく、まず売主様の売却理由や希望条件を把握し、営業担当者としての提案を行うことを優先してほしいという意味です。
査定価格やその根拠については、売主様が理解し、納得して売却方針を判断できるよう、適切な段階で説明する必要があります。
売却理由を聞き出す営業トークの具体例
それでは、査定書の説明を急がず、売却理由を把握する営業トークの一例をご紹介しましょう。
【売却理由を把握するための会話例】
営業:「しかし、良いお家ですね」
売主:「ありがとう」
営業:「売らずに貸すという選択肢はないのですか? もったいないですよ」
売主:「ありがとう。しかし、売ることに決めたんだ」
営業:「そうですか……。それにしても、もったいないですよ」
売主:「そこまで言ってくれるのは嬉しいけれど、やはり売却するよ」
営業:「どのようなご事情があるのですか? 私はやはり、もったいないと思います」
売主:「そこまで言ってくれるなら話すよ。実は○○○という事情があって、売ることに決めたんだ」
このように、いきなり査定価格の説明を始めるのではなく、売主様の不動産に対する思いや売却事情を伺うことから始めます。
ただし、これはあくまで会話の一例です。売却理由を無理に聞き出したり、売主様の意向に反して賃貸を勧めたりする必要はありません。
大切なのは、売主様が安心して事情を話せる関係を築くことです。
希望売出価格と査定価格は分けて考える
売却理由を把握できたら、次に売主様の希望価格を確認します。
先ほどの会話の続きを見てみましょう。
営業:「おいくらで売りに出されたいとお考えですか?」
売主:「5,000万円でどうだろう?」
営業:「5,000万円は、さすがに難しいかもしれません」
売主:「では、4,800万円ならどうだろう?」
営業:「4,800万円なら可能性がありますね。では、その価格を前提に販売方法を考えてみましょう」
ここで重要なのは、売主様の希望売出価格と、不動産会社が市場調査によって算出した査定価格は、必ずしも一致しないということです。
例えば、売主様が4,800万円での売出しを希望していても、周辺の成約事例などから算出した査定価格が4,500万円というケースは考えられます。
その場合、4,800万円で売り出す可能性を検討すること自体が問題なのではありません。
査定価格4,500万円という市場評価を踏まえ、4,800万円で売り出す場合の見通しやリスク、価格見直しの判断基準などを売主様と共有することが大切です。
私が申し上げたいのは、査定書を取り出して価格の説明を始める前に、売主様がどのような売却を希望しているのかを把握しておきましょう、ということなのです。
売主様から「査定価格が安い」と怒られたらどう対応する?
さて、ここからは査定価格を提示した後のお話です。
不動産市場は地域によって状況が異なります。価格が上昇しているエリアもあれば、横ばいや下落傾向にあるエリアもあります。
そのため、不動産会社が算出した査定価格が、売主様の希望価格を大きく下回ることも珍しくありません。
特に、売主様がご自身の不動産に強い思い入れを持っている場合、査定価格を聞いて感情的になられることもあります。
「なんだ、この査定価格は! 私の家がこんなに安いと言うのか!」
このように怒られたとき、あなたならどのように対応しますか。
「謝罪型」と「説明型」だけではうまくいかない
売主様から査定価格についてお叱りを受けた場合、営業担当者様の対応は大きく二つに分かれる傾向があります。
一つ目は「謝罪型」です。
「申し訳ございません。思ったよりも安い査定価格になってしまいまして……」
このように平身低頭で謝罪し、売主様をなだめながら媒介契約の獲得を目指す方法です。
二つ目は「説明型」です。
「この地域の直近の成約事例をご覧ください。類似物件の成約価格はこの程度ですので、今回の査定価格は妥当なのです」
このように周辺事例や市場動向を詳細に説明し、売主様に理解していただこうとする方法です。
しかし、私は営業担当者様に指導する際、この二つの方法を最初の対応として選ぶことは、あまり得策ではないとお伝えしています。
では、どうすればよいのでしょうか。
おすすめするのは売主様の感情を受け止める「共感型」
私がおすすめしているのは「共感型」の対応です。
売主様が「査定価格が安い」と怒っておられるなら、まずはそのお気持ちに寄り添えばよいのです。
例えば、次のような応酬話法です。
【共感型の応酬話法】
売主:「こんな査定価格では納得できないよ!」
営業:「本当に厳しい価格ですよね。○○様が大切にされてきた不動産ですから、この数字をご覧になって驚かれるのも当然だと思います」
売主:「そうだろう? もっと価値があると思っていたんだよ」
営業:「お気持ちはよくわかります。私としても、もっと高い評価が出てほしかったという思いがあります」
このように、まず売主様の気持ちを受け止めます。
もちろん、根拠もなく「この査定価格は間違っています」と言ったり、売主様に迎合して実現可能性の低い価格を約束したりするわけではありません。
査定価格の根拠は正しく伝えながらも、その価格に落胆する売主様の気持ちには共感できる。
これが私の考える「共感型」の対応です。
なぜ査定価格に対して謝罪する必要がないのか
ここまでお読みになった方の中には、次のように感じられた方もいらっしゃるでしょう。
「自分が出した査定価格なのに、その価格が安いことに共感するなんて、おかしくないか?」
しかし、この疑問は査定価格の性質を整理すると理解しやすくなります。
査定価格は市場調査に基づいて導き出すもの
宅地建物取引業法第34条の2第2項では、宅地建物取引業者が媒介契約に関連して売買すべき価額または評価額について意見を述べるときは、その根拠を明らかにしなければならないと定められています。
実務上は、周辺の成約事例や競合物件、市場動向、物件固有の条件などを踏まえて査定価格を算出することが一般的です。
つまり、査定価格は営業担当者様が個人的な好みや気分で決めるものではありません。
不動産会社が市場調査を行い、その結果として導き出した価格なのです。
したがって、適切な調査に基づいて算出した査定価格が売主様の希望より低かったからといって、その価格自体について謝罪する必要はありません。
もちろん、調査や説明に誤りがあった場合には、訂正や謝罪が必要です。しかし、そうでなければ、価格の根拠を説明できることが重要なのです。
正しい説明でも、伝えるタイミングを間違えると逆効果
それならば、最初から市場調査の結果を詳しく説明すればよいのではないか、と考える方もいらっしゃるでしょう。
しかし、ここにも営業上の落とし穴があります。
売主様が「こんなに安いはずがない!」と怒っているときに、周辺の成約事例を次々に示しても、なかなか説明を受け入れていただけないことがあります。
営業担当者様としては正しいことを説明しているつもりでも、売主様からすれば「自分の大切な不動産を安く評価されたうえに、理屈で言いくるめられようとしている」と感じてしまうかもしれません。
だからこそ、説明する順番が重要なのです。
まずは共感型の対応で売主様の気持ちを受け止め、落ち着いて話ができる状態になってから、査定価格の根拠や市場動向について説明する。
これが、私がおすすめする対応方法です。
査定報告から媒介契約につなげる営業の進め方
ここまで、査定書を提示するタイミングと、査定価格への不満に対する応酬話法を説明してきました。
この二つを組み合わせると、査定報告で意識すべき営業の流れが見えてきます。
1.売主様の売却理由と希望条件を把握する
面談の冒頭から査定書の説明を始めるのではなく、まず売却理由や売却に至った経緯、希望時期などを確認します。
売主様の事情を把握することで、価格だけに偏らない提案が可能になります。
2.売主様の希望価格を確認する
次に、売主様がいくらで売却したいと考えているのかを伺います。
その希望価格には、売却後の資金計画や不動産への思い入れなど、さまざまな事情が反映されていることがあります。
希望価格を単なる数字として扱うのではなく、その背景も理解することが大切です。
3.査定価格と販売戦略を説明する
売却理由と希望条件を把握したうえで、査定価格やその根拠を説明します。
希望売出価格と査定価格に差がある場合には、その違いを明確にし、どのような販売戦略が考えられるのかを提案します。
査定書は、営業担当者様の説明を補強し、売主様の判断を助ける資料として活用しましょう。
4.査定価格への不満には、まず共感する
売主様が査定価格に不満を示された場合、すぐに謝罪したり、理屈で説得しようとしたりするのではなく、まずお気持ちを受け止めます。
そのうえで、必要な根拠説明を行い、売主様が納得して売却方針を判断できるようにします。
5.売主様の事情に合った売却提案を行う
最終的には、売主様の売却理由、希望条件、市場動向を踏まえた販売戦略を提案し、媒介契約の獲得を目指します。
大切なのは、単に高い査定価格を提示して媒介契約を獲得することではありません。
売主様の目的を理解し、その実現に向けて営業担当者として何ができるのかを示すことです。
査定報告の営業力を高めるにはロープレも有効
最後に、営業担当者様の査定報告スキルを高めるための方法をご紹介します。
冒頭で触れたとおり、私はコンサルティング先で「査定報告ロープレ」を行っています。
その際、単に上席者が売主役を演じ、営業担当者様のトークを評価するだけではありません。
私が売主役として、あらかじめ紙に売却理由を書いておき、営業担当者様には会話を通じてその理由を当てていただくようにしています。
こうすることで、売却理由を聞き出すという目標が明確になり、ロープレにゲーム性も生まれます。
営業ロープレは、上席者や司会者の気分次第で進めるものではありません。
何を習得するための練習なのかを明確にし、参加する営業担当者様が前向きに取り組める工夫が必要です。
査定報告の場面を想定し、「売却理由を聞き出す」「希望価格を確認する」「査定価格への不満に共感する」といったテーマで練習してみてはいかがでしょうか。
まとめ|査定書よりも先に、売主様の気持ちを理解する
不動産査定書は、売主様に市場価格を理解していただくための重要な資料です。
しかし、査定書を作成して、その内容を正確に説明するだけで媒介契約が獲得できるわけではありません。
査定報告で大切なのは、まず売主様の売却理由を把握し、そのお気持ちや希望条件を理解することです。
また、査定価格が希望より低く、売主様が怒ってしまった場合にも、慌てて謝罪したり、理屈で説得しようとしたりする必要はありません。
まずは売主様の気持ちに共感し、信頼関係を築いたうえで、プロとしての説明と提案を行えばよいのです。
我々営業担当者は、単に不動産の価値を論じる「評論家」ではありません。売主様の売却を成功に導くための「営業実務家」です。
理論が正しければ、それだけでよいというものではありません。
過剰なへりくだりも、鼻につく理屈っぽさも排除し、売主様の味方であることを示したうえで、プロとしての提案を行ってください。
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株式会社レコ
不動産業専門コンサルタント
梶本幸治
本稿は、株式会社レコ 梶本幸治が不動産売買仲介の仕入れ営業・販売戦略などについて独自の思想と実務経験に基づき執筆した著作です。
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本稿は、不動産・住宅関連業界向けの情報サイト「リビンMagazine Biz」に掲載された梶本のコラムを、必要に応じて改題・加筆・統合・修正のうえ再掲したものです。
再掲の経緯については、お知らせ欄の「リビンMagazine Biz(運営:リビン・テクノロジーズ株式会社様)掲載コラム再掲のお知らせ」をご覧ください。